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2011年4月 9日 (土)

ある日の会話

あの日、あの後、どうなるの?

 

マダムKはふくよかな美人です。

舞台栄えしそうな美しい目鼻立ちの持ち主でありながら、その朗らかな性格とにこやかな笑顔がとっても魅力的。

 

ある日のマダムK。

話題はやっぱり東日本大震災と福島第一原発。

「大変よね。 なんとかせんにゃいけんよね。」 「うちらは離れとるけぇ・・・。」

そう、マダムKは山口県の I 市在住の生粋の瀬戸内っ子です。

「じゃけど、うちらは原爆のあと、魚も野菜も普通に食べとったよね。」

マダムKの住まいは、広島の原爆ドームから直線距離にして約35km地点。

 

終戦当時、マダムKはまだ3才。

当時6才だったマダムKのお姉ちゃんのTちゃんは、大の魚好き。 幼いTちゃんは毎朝タイの刺身をおねだりしては母親を困らせていたそうです。

瀬戸内のタイは絶品です。 タイは鮮度が命。

Tちゃんのために、漁れたてのタイを求めるお母ちゃんは魚屋が開店する時間に合わせて買い物に行くのが日課でした。

あの日、午前8時15分。

お母ちゃんは二階の物干しで洗濯物を干していました。

「空が光ったぁ!黒い雲が上がっとる。 これは大変なことになったぁ。」 そう言って大声を張り上げながら階段を駆け下りてきたお母ちゃん。 マダムKもTちゃんも、その光景を今も覚えているそうです。

「じゃけど・・・・、食べとったんよね 。」

「うん。 なんにも知らんと、魚も野菜もとれたもんを普通に食べとった。 食べとったけど、うちら別に病気になっとらんし。」

そうです。 マダムKは至って健康なふくよか美人。 一緒に話すお友達も健康体のすてきな女性です。

 

 

65年前の原爆が投下された広島周辺の様子と、

今回の福島第一原発の事故を単純比較することはできません。

汚染区域や汚染度など、わたしには当時の数値がわかりませんし、

瞬間的に汚染が広がった当時に対して、今回は経時的に放射能漏れが続いていることから見ても安易に比較できることでないのは理解できます。

放射能の海洋汚染にしても、

陸地に投下された原爆により当時の瀬戸内海でどれほどの汚染があり、汚染水を放出した今回とではどのような差があるのか、それらを調べる術もありません。

それでも、わたしは

あの原爆投下の周辺35km付近に育った住民の言葉に、説得力を感じずにはおれませんでした。

 

幼い子供を抱えた家庭や現在妊娠中の女性などは、放射線に敏感になってしかるべきです。

子供を守ることは親の使命。

子供の健康のために万全を期したい、そう思うのは至極自然です。

そのために、

何が危険で、何が大丈夫なのか。

政府は正確な情報を公開すべき時となり、わたしたちにはその情報を正しく受け止める努力を求められる今となりました。

正しく、恐れることのむずかしさ

 

福島県の皆さん、

被災されてなお、風評被害に悩まされる皆さん、

日本には、あなた方を応援する人がきっときっとたくさんいます

あなた方のために、わたしには何ができるでしょうか。

 

読売新聞 YOMIURI ONLINE (4月9日) より

3月16日

米政府が在日米国人向けに 福島第一原発の半径50マイル(約80km)からの非難勧告 を発した。

3月30日

ヤツコ米原子力規制委員会(NRC)委員長は米上院歳出委員会エネルギー水資源開発小委員会で 「50マイルの避難勧告は限られた情報に基づく、慎重で保守的な決定だった」 と説明した上で、「現在のデータは、安全な距離は20マイル(約32km)と示している」 と証言し、日本の判断は妥当との考えを表明。

4月 7日

米原子力規制委員会(NRC)の安全責任者ランディ・サリバン氏はNRCの諮問委員会で、3月16日の避難勧告は 「2号機の炉心が100%損傷して16時間にわたって放射性物質の放出が続く」 という場合を想定して算出したもので、原発での実測データを用いたものではなかったことを明らかにした。

この日、米メディアは 「半径50マイル(約80km)からの避難勧告は、原発の状態をより悪く見積もった‘仮定’に基づく判断であったことが判明した」 と報じた。

 

米政府が算出した半径50マイル(約80km)という数字は慎重を期した上での数値とはいえ、日本政府及び東電側の情報開示の遅延に起因するものであることは否めません。

こうした日米両政府間の安全領域の食い違いは、日本国民の間に混乱をもたらし、私達の心に政府や東電に対する不信感を抱かせる原因ともなりました。

そして、事態は未だ収束していない。

 

 

今、日本が心をひとつにして東北復興に立ち向かおうとしているこの時、その道を阻んでいるのは、紛れもなく福島第一原発の被災でしょう。

この困難を乗り越えるために、

政府与党も野党も、東電のえらい人も、現場で体をはる作業員も、官僚も、有識者も、優秀な頭脳を持つ人もそうでない人も、いろんな意見を出せばいい。

どんどん議論して、たくさん反省して、最良の結果を導き出せばいい。

そして、そこから更に一歩進めたら、わたしは、生産者が自信をもって物作りができる社会になってほしい。

米も、野菜も、

魚も、ホタテも、海苔も、牛乳も、

車の部品も、せとものも、塗り物も、紙でも、箸でもなんでもかんでも

真剣に作ったもの獲ったものがちゃんと評価されて、そんな生産者がちゃんと尊敬される世の中になってほしい。

できれば、ささやかでもそんな生産者達の技術と心意気がちゃんと評価されてほしい。

それが、

資源の少ない日本が、次世代に残せる大切な財産だと思うから

 

わたしは漢方で、そんな知恵と心意気を持つ人たちのお役に立てたら

うれしいの

  

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